大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)4699号 判決

原告

本谷ゆき乃

ほか一名

被告

桜井善成

主文

一  被告は原告本谷ゆき乃に対し金八四万二八六円および内金七六万二八六円に対する昭和四七年七月二日から、内金八万円に対する昭和四九年一〇月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員、原告本谷昇一に対し金八六万五七二円および内金七八万五七二円に対する昭和四七年七月二日から、内金八万円に対する昭和四九年一〇月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は原告らに対し各金二二五万円および内金二〇〇万円に対する昭和四七年七月二日から、内金二五万円に対する昭和四九年一〇月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故

訴外本谷吉治(以下吉治という。)はつぎの交通事故により昭和四七年七月一日死亡した。

1  日時 昭和四七年七月一日午前八時三五分ころ

2  場所 茨木市駅前三ノ三ノ三先交差点

3  加害車 普通乗用自動車(大阪む八五九九号)

運転者 被告

4  被害車 足踏自転車

運転者 吉治

5  態様 被告は加害車を運転して前記交差点を北から西に右折しようとした際、同交差点を南から北へ足踏自転車に乗つて横断中の吉治に加害車右前部を衝突させ、その場で同人の頭部を路面に強打させると共に、加害車右前輪を同人の腹部に乗り上げ轢過した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は交差点を右折する際には、前方左右を注視し、進路の安全を確認して進行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、東進左折する車両に注意を奪われたまま、直進車の有無を確認しなかつた過失により、本件事故を惹起した。

三  損害

1  傷害、死亡、治療経過等

(一) 傷害

吉治は本件事故により頭部外傷Ⅱ型(頭蓋骨骨折)、胸部圧挫創の傷害を受けた結果、本件事故の約一時間後に死亡した。

(二) 治療経過

本件事故直後河合外科病院において応急処置を受けた。

2  損害額

(一) 吉治の損害

(1) 治療費 三万四九〇〇円

吉治は前記病院における治療費として、右金額を要した。

(2) 吉治の逸失利益 一六四万五九八三円

吉治は、事故当時七三才で、共栄興業株式会社に勤務し、同会社から養精中学に校務員として派遣されて稼働し、一か月三万八四八六円の収入を得ていたものであるが、事故がなければ、八・五三年間生存し、その間の四・二六年間稼働し、右同程度の収入を得ることができたところ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一六四万五九八三円となる。

なお、吉治は前記のとおり校務員として勤務するかたわら、自宅において原告ゆき乃名義で化粧品店を経営してその経理一切を担当し、その収益によつて生計を維持していたものであつて、前記給与所得については生活費控除の余地はない。

(二) 原告ゆき乃の損害

(1) 葬祭費 四〇万円

原告ゆき乃は吉治の葬祭のため一〇〇万円を超える費用を要したが、従前の判決例等を考慮し、このうち四〇万円を請求する。

(2) 慰藉料 三〇〇万円

原告らの生活は精神的にも経済的にも吉治を中心として営まれていたところ、同人の死亡によつて原告らは精神的支柱を失うと共に化粧品店経営につき危機を招くようになつた。とりわけ、原告ゆき乃は長年生活を共にしてきた伴侶を突如失い、老後の生活に全く希望を失つて商売も手につかず、毎日呆然と日を送つている。以上のような事情によれば、原告ゆき乃の慰藉料額は三〇〇万円とするのが相当である。

(3) 弁護士費用 二五万円

原告ゆき乃は本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用として二五万円を支払う旨約諾している。

(三) 原告昇一の損害

(1) 慰藉料 三〇〇万円

原告ゆき乃の主張する前記三2(二)(2)の事情に加えて、原告昇一は本件事故後誠意のない被告との長期間にわたる示談交渉に疲れ果てたうえ、吉治に代つて化粧品店経営の責任を負うに至つた同原告の妻も過労により入院するなど同原告の生活は崩壊の危機に直面している。以上のような事情によれば、原告昇一の慰藉料額は三〇〇万円とするのが相当である。

(2) 弁護士費用 二五万円

原告昇一は本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用として金二五万円を支払う旨約諾している。

四  原告らの相続

原告ゆき乃は吉治の妻、原告昇一は吉治の長男であつて、吉治の死亡により同人の一切の権利義務を相続により承継した。

五  損害の填補

原告らは自賠保険から三九一万四九〇〇円の支払を受けたが、その趣旨、内訳は、内一五八万円が逸失利益として、内二〇〇万円が慰藉料として、内三万四九〇〇円が治療費として、内三〇万円が葬祭費として支払を受けたものである。

六  結論

よつて、原告らは被告に対し本件事故に基づく損害の賠償として、それぞれ二二五万円および内弁護士費用を除く二〇〇万に対する事故の翌日である昭和四七年七月二日から、内二五万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月一八日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因一のうち被告が吉治の頭部を路面に強打させると共に加害車右前輪を同人の腹部に乗り上げ轢過したとの点は否認し、その余の事実は認める。

二  同二1の事実は認め、同二2の事実は否認する。

三1  同三1のうち吉治が本件事故により死亡したことは認め、その余の事実は争う。

2  同三2のうち吉治が本件事故当時七三歳であつたことは認め、その余の事実は争う。

四  同四の事実は認める。

五  同五のうち原告らが自賠保険から三九一万四九〇〇円の支払を受けたことは認める。

第四被告の抗弁

一  本件事故現場は信号機のない交差点であるところ、被告が交差点の手前において一旦停車し右折の合図をして時速約一五キロメートルで北から西へ右折進行しているのに、吉治は加害車の直前を南から北へ自転車に乗つて横断しようとしたため、本件事故が発生したものであつて、本件事故は吉治の重大な過失に基づくものであるから損害額の査定につき、その過失を相殺すべきである。

二  被告は原告らに対し本件損害賠償の内金として香典一〇万円を支払つた。

第五抗弁に対する原告らの答弁

一  抗弁一は争う。

二  同二のうち原告らが被告から香典として二万三〇〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故

請求原因一の事実は、被告が吉治の頭部を強打させると共に加害車右前輪を同人の腹部に乗り上げ轢過したとの点を除き、当事者間に争いがない。そして〔証拠略〕によると、被告が加害車を吉治の運転している足踏自転車に衝突させたため、同人を路上に転倒させると共に同人の腹部に加害車右前輪を乗り上げ轢過したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  責任原因

(運行供用者責任)

請求原因二1の事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により本件事故による吉治および原告らの損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  傷害、死亡、治療経過等

〔証拠略〕によると、吉治が本件交通事故により頭部外傷Ⅱ型(頭蓋骨骨折)、胸部圧挫創の傷害を蒙り、このため本件事故の約一時間後に死亡した(吉治が本件事故により死亡したこと自体は当事者間に争いがない。)ことおよび吉治が本件事故直後河合外科病院において応急措置を受けたことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

2  損害額

(一)  吉治の治療費 三万四九〇〇円

〔証拠略〕によれば、吉治が前認定の河合外科病院における治療のための費用として三万四九〇〇円を要したことが認められる。

(二)  吉治の逸失利益 一七二万七〇五四円

吉治が本件事故当時七三歳であつたことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、吉治は事故当時共栄興業株式会社に勤務し、同会社から養精中学校に校務員として派遣されて同職務に従事し、事故直前三か月間の実績によれば一か月平均四万一二二四円(円位未満切捨、以下同じ。)の収入を得ていたことが認められる。そして、経験則によれば、同人は本件事故がなければ厚生省官房統計調査部昭和四七年簡易生命表により認めることができる同年令男の平均余命に該当する八・五三年間生存し、その間の七八歳まで五年間稼働し、右収入を得ることができるものと認定しうる。また、〔証拠略〕によると、吉治とその妻である原告ゆき乃は長男である原告昇一夫婦とその子ら二名と同居し世帯を共にしていたものであり、その生計は原告ゆき乃名義で家業として経営していた化粧品店の収入で主として賄つていたことが認められ、右認定事実に吉治の年齢、職業等諸般の事情を総合して考慮すると、吉治の生活費は前記給与収入の二〇パーセントを占めるものと解するのが経験則に照らして相当である。そこで、以上の諸事情に基づき、吉治の給与収入から生活費を差引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一七二万七〇五四円となる。

(算式)4,1224×12×0.8×4.364=1,727,054

なお、原告らは吉治の生計は前記化粧品店の収入で賄つていたものであるから前記給与収入については生活費控除の余地はない旨主張するが、死者の逸失利益につき控除すべき生活費とは労働能力再生産のための必要経費たる性格を有するものと解するのが相当であり、従つて右生活費の中には単に生計のために必要不可欠な費用に限らず、広く娯楽費等生活する上で通常要すべき費用をも含むものであるから、原告らの前記主張は俄かに採用することができない。

(三)  原告ゆき乃の葬祭費 三〇万円

〔証拠略〕を総合すると、原告ゆき乃は吉治死亡に際し葬儀をなしたことを認めることができるところ、吉治の年齢、職業、家族構成等諸般の事情を斟酌すると、経験則に照らして原告ゆき乃は本件事故と相当因果関係がある葬儀費用として三〇万円を要したことが認められる。

(四)  原告らの慰藉料 各二〇〇万円

本件事故の態様、吉治の年齢、職業、原告らと吉治との身分関係、生活関係に加えて吉治が生前家業の化粧品店の経理面をも担当する等して原告ら家族の支柱になつていたことが〔証拠略〕によつて認められること等諸般の事情を考慮すると、原告らの慰藉料額は各二〇〇万円とするのが相当である。

四  過失相殺

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は東西に通じる幅員約九メートルの道路と南北に通じる幅員五メートル余の道路とがほぼ直角に交わる交通整理の行われていない交差点であり、同交差点南側道路は自転車を除く南行一方通行となつていたこと、被告は北から西に右折するため右折の合図を出して同交差点内に南向きに加害車の車首を乗り入れて一旦停車したが、東西道路を走行する車両の動静のみに注意を奪われたまま前方(南側)に対する注意を怠り、時速約一〇キロメートルで右折進行したため、同交差点を南から北へ直進中の吉治運転の自転車を看過し、同車と衝突直前になつて始めて同車を発見し、急停車の措置をとつたが及ばず、同車に自車を衝突させたこと、以上の各事実が認められ、右各事実によれば、本件事故の発生については吉治にも前方不注視の過失があつたものと推認することができるところ、前認定被告の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として吉治および原告らの損害の一〇パーセントを減ずるのが相当であると認められる。

そうすると、被告において支払わなければならない損害額は次のとおりである。

1  吉治分

前項2(一)(二)の合計一七六万一九五四円の九〇パーセントに相当する一五八万五七五八円

2  原告ゆき乃分

前項2(三)(四)の合計二三〇万円の九〇パーセントに相当する二〇七万円

3  原告昇一分

前項2(四)の二〇〇万円の九〇パーセントに相当する一八〇万円

五  原告らの相続

請求原因四の事実は当事者間に争いがない。そうすると、前項説示の吉治の被告に対する損害賠償債権について原告らは吉治の死亡により法定相続分に応じて相続承継したものというべきであり、従つて被告が原告らに対し支払うべき損害額は原告ゆき乃につき二五九万八五八六円(相続分五二万八五八六円と固有分二〇七万円との合計)、原告昇一につき二八五万七一七二円(相続分一〇五万七一七二円と固有分一八〇万円との合計)ということになる。

六  損害の填補

原告らが自賠保険から三九一万四九〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、右金員の趣旨、内訳が原告ら主張のとおりであることは〔証拠略〕によつて認めることができる。

そうすると、右の内逸失利益一五八万円と治療費三万四九〇〇円は原告らの各相続分に応じて原告らに弁済充当されたもの、慰藉料二〇〇万円は原告らに各二分一宛弁済充当されたもの、葬祭費三〇万円は原告ゆき乃の支出した葬祭費に弁済充当されたものと解するのが相当であり、右填補分を原告らの前記損害額から差引くと、残損害額は原告ゆき乃につき七六万二八六円、原告昇一につき七八万五七二円となる。

七  弁護士費用

原告らが本訴の提起、追行を弁護士に委託していることは〔証拠略〕により明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対し賠償を求め得る弁護士費用の額は各八万円とするのが相当であると認められる。

八  弁済の抗弁について。

被告は原告らに対し本件損害賠償の内金として香典一〇万円を支払つた旨主張するところ、原告らが香典として二万三〇〇〇円の支払を受けたことは原告らの認めるところであるが、被告が右金額を超える金員を香典として原告らに支払つたことはこれを認めるに足りる証拠がなく、却つて〔証拠略〕によると右二万三〇〇〇円を超える金員の支払はなされていないものと認めることができる。ところで、一般に香典は遺族に対する贈与たる性格を有するものと解されるから、金額が格別に高額である等特段の事情のない限り損害賠償を填補するものということはできないところ、本件においては右の特段の事情は存しないから前記支払金員をもつて本件損害賠償の一部が填補されたものと認めることはできない。よつて、被告の前記弁済の抗弁は理由がない。

九  結論

よつて、被告は原告ゆき乃に対し八四万二八六円および内弁護士費用を除く七六万二八六円に対する本件事故の翌日である昭和四七年七月二日から、内八万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月一八日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告昇一に対し八六万五七二円および内弁護士費用を除く七八万五七二円に対する前同様昭和四七年七月二日から、内八万円に対する前同様昭和四九年一〇月一八日から各支払ずみまで前同割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、

仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大田黒昔生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例